第3章:理想と現実の狭間で
AIによるごみ収集ルート最適化は、形式上“検討中”という体裁が整った。だが実際の進捗は、理沙が一人で資料をかき集め、庁内各課との調整に奔走しているだけだった。
「秋山さん、こんな細かいのまでExcelに打ち直すの? 大変じゃない?」
「データがなければ“最適化”もできませんから。せめて業務全体の流れだけでも、構造化してみせます」
疲れた表情を見せずに話す理沙を、若手職員たちは半ば尊敬、半ば心配のまなざしで見つめていた。
そんな中、庁内を揺るがす出来事が起きた。
市長が記者会見で、こう発表したのだ。
「東湖市は、AIによる業務改革のモデル都市となるべく、全課横断でのAI導入方針を策定します。まずは『市民生活総合窓口』にAIチャットボットを導入し、24時間市民の声に対応する体制を構築します!」
秋山は耳を疑った。
そんな話、誰とも相談していない。課長も、副市長さえも知らされていなかった。
「まさか……また“その場の思いつき”?」
理沙は即座に庁内メーリングリストで情報を集め、会見で市長が配ったという資料を入手した。
そこには、「AIチャットボット導入による職員削減」「問い合わせ業務の自動化によるコストカット」と、あまりにも雑な期待値が並べられていた。
理沙は愕然とした。
(AI導入の前に、問い合わせ内容の分類もできていない。ログも整備されていないのに、どうやって学習させる気?)
その夜、彼女はPCの前で一人、報告書を作成した。
タイトルは――「現状に即したAI導入実現への課題と段階的提案」。
そこには、現状の職員対応ログ未整備、問い合わせ分類の未着手、対象業務の選定基準不明など、率直な課題が記されていた。
さらに提案として、段階的にできる範囲を示し、「AI導入のための準備として、まず“問い合わせ内容の手動記録”から始める」ことを提示した。
理沙はそれを副市長に直接手渡し、言った。
「市長の言葉を、空虚なパフォーマンスにしたくありません。せめて現場ができる改革を、確実に進める手段が必要です」
副市長は深く頷き、資料に目を通した。
だが翌日、理沙の報告書は――市長の側近により、まるごと“改変”されて記者向け資料に使われていた。
内容はこうだった。
「秋山補佐が主導したAIチャットボット構想、今秋から本格運用へ!」
現場がまだ“手動記録を始めたばかり”なのに。
理沙は怒りよりも、空しさを感じた。
これは“理想”でも“改革”でもない。ただの見せかけだ。
だが、その時、庁内に一本のメールが届いた。若手職員からだった。
「秋山さんのやってること、ちゃんと分かってます。協力させてください。今のままじゃ、現場が潰れます」
理沙は静かに画面を見つめ、キーボードに手を置いた。
「――ありがとう。じゃあ、始めましょう。地味でも、意味のある改革を」
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