第5章:道の続く方へ
夜が明け始めていた。
霧は次第に薄れ、線路の先に朝焼けがにじみ始める。色を取り戻した空は、まるで何かを赦すような、やさしい色だった。
男は駅のホームに座ったまま、ゆっくりと深呼吸した。胸の奥に、冷たい空気とわずかな痛みが広がっていく。けれどそれは、あの日の衝撃とは違っていた。確かに“生きている”という実感だった。
隣にいた旅人は、いつの間にかいなくなっていた。
夢だったのかもしれない。だが、あの言葉だけは確かに残っている。
――「終わりなんて、どこにもない。あるのは、続けることだけさ」
男は立ち上がった。線路の上に立ち、しばらく空を仰いだあと、ゆっくりと歩き出した。
駅の裏手には、もう使われていない旧道が伸びていた。草に覆われたその道は、かつて貨物列車が走っていたという。いまはもう、何も通らない。
けれど、その先には、まだ誰も踏みしめていない未来がある気がした。
道中、彼は集落で手に入れた食料を少しずつ口にした。パンの欠片、水、冷えた缶詰の豆。それでも、心は満たされていた。あの静寂の中で過ごした時間が、確かに彼を癒していた。
自転車はもう、道の脇に置いたままだ。これからは、自分の足で歩くと決めた。どこへ向かうかは、まだわからない。だが、それでもいい。
彼の胸には、失われたものの記憶と、それでも前に進もうとする意志があった。
途中、小川に差し掛かったとき、男はふと立ち止まり、靴を脱いで川の水に足を浸した。
冷たい水が、皮膚の奥まで染みわたる。まるで、生まれ変わったようだった。
かつての自分は、たしかにここまでだった。
これからの自分は、もう一度誰かのために生きる。あるいは、自分のために。
男は靴を履き直し、背筋を伸ばして前を見据えた。
朝陽は完全に昇り、道の先に影が伸びる。
その影こそが、自分が進むべき道だった。
名もなく、目的もない。
だが確かに「続いている」道。
彼は歩き出した。
その先に、どんな風景が待っているのかを、誰も知らない。
だが、それでいい。
終わりの見えない道は、今日もどこかへと続いている。
完
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