短編小説作成しました。タイトル:麻呂がやって来た
タイトル:麻呂がやって来た

朝だ。カーテン越しにやわらかな陽光が差し込み、スマホのアラームが「ピロリロピロリロ」と鳴り響く。
「……あー、もう、日曜なのに……」
枕元を手探りしながらスマホを止め、私は渋々上半身を起こす。寝癖で髪が右にバクハツしている。まあいい。どうせ誰にも会わない。
だるい腰を持ち上げ、リビングへ向かう。
――そこで、私は固まった。
ソファーに、見知らぬ男が座っている。
金色の烏帽子(えぼし)をかぶり、白い直衣(なおし)をまとい、うやうやしく扇子を持ったその男は、まるで時代劇から抜け出したような風貌だった。
そして、開口一番、こう言った。
「おぬし、そなた、この館の主(あるじ)であろう? 拙者、麻呂と申す」
「いやいやいやいや、ちょっと待てぇぇぇえええ!!!」
混乱とともに、ツッコミが口から出る。いや、そんな自己紹介ある? しかも何で平安時代スタイル?!
「どっから来たの!? てか、誰?! なんでうちのソファーに座ってんの!?」
麻呂は優雅に扇をひらひらさせながら、微笑んだ。
「うむ、我は平安の都より時空を超えし麻呂なり。天の導きにより、そなたのもとに降臨したのである」
「神様のお告げかなんかか!?」
ツッコミが止まらない。むしろ自分の方がバグっているんじゃないかとさえ思えてくる。
とりあえず深呼吸して、もう一度訊く。
「で、麻呂さん? 本名? 名前なんですか?」
「まことの名は、源(みなもとの)朝麻呂(あさまろ)。略して“麻呂”なり」
「略しすぎ!」
「されど皆、そのように呼ぶゆえ、麻呂で通しておる」
どうやら悪気はないらしい。むしろ堂々としすぎていて、こちらがだんだん罪悪感を覚えてくる。
私の名前は中原こはる。会社員。趣味も特技もとくになく、最近は一人鍋にハマっている。それなりに平凡な生活をしていたはずなのに、なんでこんな麻呂が転がり込んでくるのか。
とりあえず、現実的な問題から確認する。
「警察とか、連絡した方がいいかな……?」
「おお、現代の役人に詣でるつもりか? しかし、麻呂は罪人にあらず。都の貴族ぞ?」
「自己紹介の前に身元保証してほしかったよ……」
その日、私は一日中、麻呂と過ごす羽目になった。
彼はエアコンの風にびっくりし、冷蔵庫を「魔の氷箱」と呼び、テレビのリモコンを「魔術の杖か」と称えた。うるさい。
しかも私の持っていたティッシュを見て、
「これは……紙ではないか? この薄さで、かような柔らかさとは……贅沢すぎて震える……!」
と、感動のあまり涙を流した。ちょっとかわいかった。
夜。
「今日は風呂に入りたい。湯あみこそ、貴族の至福なり」
そう言って、私はバスタブにお湯をためてやった。入浴剤を入れたら「香の湯とは、いと優雅」とか言いながらうっとりしていた。
だが、問題はその後だった。
「麻呂、バスタオルの使い方がわからぬ……」
「どこで止まってんの!? なんで腰に巻けないの!?」
「拙者、湯浴み後は従者が着替えを整えてくれていたゆえ……」
「一人で生きてくれ、現代に来たなら!!」
翌朝。
私は麻呂をどうすればいいのかわからず、出勤するフリをして家を出た。が、気になって昼には帰ってきてしまった。
すると――麻呂は、掃除機をかけていた。
「おお、帰られたか、こはる殿。そなたのために、“吸塵の神器”を操り、屋敷を清めた次第」
彼は、私の古いコード式の掃除機にすっかりハマっていた。
「すごいよ麻呂。現代に適応してる……!」
「なに、貴族とは、時代を超えて優雅であるべし」
ドヤ顔がまぶしい。
さらに数日後、麻呂はなぜか「推し活」に目覚めた。
「拙者、この“アイドル”という存在に魂を射抜かれし者なり」
「誰!? 誰推しなの!?」
「“乃木坂”なる一族の“さくら姫”……いと麗しき歌姫よ……」
もう何がどうなってんのか。テレビに向かって扇を振る麻呂。しかも推しカラーのペンライトまで買っていた。Amazonのアカウント、勝手に使うな!
やがて、私の生活は麻呂中心になっていった。
いや、麻呂が勝手に中心に居座ってきたと言った方が正確だ。私はすっかり、こはる殿と呼ばれる毎日に慣れてしまった。
だけど、思う。
こんな日常、悪くない。
ある夜、麻呂がふとつぶやいた。
「こはる殿。もしまた、時を越えて戻るとしたら……」
「うん?」
「そのときは、もう一度、この現代に来るぞ。必ずな」
私は笑った。
「そのときはちゃんと、うちのWi-Fi覚えてから来てよ」
「うむ。次はルーターの仕組みも理解してくる所存である!」
麻呂の笑顔は、月明かりに照らされてやけにキラキラしていた。
[完]
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。