『五月の風は君の髪を揺らす』【後半】
春が終わりに近づく頃、僕たちはすっかり“いつものふたり”になっていた。
朝、待ち合わせて一緒に歩く。
昼休み、たまに中庭でお弁当を食べる。
帰り道、季節の変化を話しながら、何度も同じ道を歩いた。
そのすべてが、僕にとって宝物だった。
でも。
ある日、校舎の裏で咲良が別のクラスの男子と話しているのを見た。
笑っていた。
僕の前では見せたことのない、くしゃっとした顔だった。
胸がぎゅっと縮んだ。
別に咲良は僕のものじゃない。
でも、なぜか、悔しかった。
悲しかった。
帰り道、いつもなら隣に並ぶはずの僕は、わざと早歩きで先を歩いた。
「……どうかした?」
咲良が後ろから声をかけてきた。
「ううん、なんでもないよ」
強がった声だった。
咲良は、なにも言わなかった。
だけどその静けさが、かえって胸に刺さった。
それから数日、ぎこちない日が続いた。
話はするけど、どこか距離がある。
それが耐えきれなくなったのは、5月4日――こどもの日の前日だった。
「咲良、明日……時間ある?」
放課後の帰り道、僕は勇気を振り絞って言った。
「うん。たぶんあるよ」
「じゃあ、また……あの公園で。会いたいんだ」
咲良は、少し驚いたように目を見開いた。
でも、すぐにやさしく微笑んだ。
「うん、わたしも。会いたいと思ってた」
5月5日。
朝から落ち着かなかった。
服を何度も着替えた。髪を整えた。
鏡の前で何度も練習した。
「好きだ」
「ずっと前から好きだった」
心臓が爆発しそうだった。
公園には、去年と同じ風が吹いていた。
芝生の匂いも、ベンチの位置も、あの日のままだ。
そして、咲良がいた。
白いワンピース。長い髪。
去年と同じ――いや、少しだけ大人びた顔。
僕はベンチに座り、深呼吸をした。
「来てくれて、ありがとう」
「ううん、わたしこそ……」
沈黙。風。鳥の声。
言わなきゃ。今しかない。
「咲良……僕、君のことが好きです」
風が吹いた。
咲良の髪が、ふわりと舞った。
言葉が届くか不安だった。
でも、咲良は、すこし目を潤ませて、言った。
「……うれしい。わたしも、同じ気持ちだよ」
その瞬間、世界が音を立てて変わった気がした。
空の色も、風の匂いも、全部が鮮やかに見えた。
それからの日々は、ゆっくりと、でも確かに進んでいった。
僕たちは、友達ではなくなった。
恋人と呼ぶには、まだ少し照れくさいけど。
でも、手をつないで歩く帰り道。
お互いに笑い合う放課後。
あの日、こどもの日に出会ってから続いてきた風景が、
やっと一つに繋がった気がした。
風が吹くたび、思い出す。
咲良の髪が風に揺れていた光景。
その隣で、僕はいつも君を見ていた。
――そして今、隣にいる。
「ねえ、来年のこどもの日も、一緒に公園に行こうね」
「うん。約束だよ」
風がまた、やさしく吹いた。
五月の風は、君の髪を揺らす。
それは、僕たちの恋の始まりを、ずっとそっと伝えてくれる風――。
🌸 完 🌸
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